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医療福祉制度について血友病の歴史
~公費負担までの道のり~

監修

大阪医療センター 感染症内科 医長 西田 恭治 先生

現在、日本の血友病患者さんは、国や自治体の設ける医療費助成制度を利用すれば、
安全な血液凝固因子製剤を自己負担なく使用できるという恵まれた環境にあります。 しかし、血友病に対する医療費助成制度が拡充するまでには、長い道のりがありました。
血友病治療費の公費負担に至る経緯を今一度しっかりと学び、その意味を考えてみてください。
そのことはきっと、前向きに治療に取り組む意義や生きることの喜び、尊さを教えてくれるはずです。

これまでのあゆみ

  1. 血液凝固因子製剤の登場
  2. 公費負担の第一歩までの道のり
  3. 20歳未満の医療給付を実現(小児慢性特定疾患治療研究事業の制定)
  4. 特定疾病療養制度による公費負担実現の一方で
  5. 薬害エイズ訴訟の影で血友病患者全員の医療費全額公費負担が実現
  6. 医療費の公費負担継続を目指して

血液凝固因子製剤の登場

図 日本で初めて血友病の疑いがある患者が報告されたのは1889年(明治22年)頃で、1960年代後半に血液凝固因子製剤が登場するまでは肉親などからの輸血が治療の中心でした。
1965年、米国スタンフォード大学のジュディス・プールらが、ある条件で血漿から生じた沈殿物(クリオプレシピテート)に第 VIII 因子が多く含まれることを発見しました。日本では、凍結乾燥したクリオ製剤として市販されました。保存可能な第 VIII 因子製剤の登場は、血友病Aの患者さんの治療を大きく変えました。

図

公費負担の第一歩までの道のり

血友病の診断が進むにつれて日本でも患者会が結成され、1967年には血友病患者さんとその家族の全国組織「全国ヘモフィリア友の会」(全国会)が設立されました。
血液凝固因子製剤は血友病治療に欠かすことのできないものですが、非常に高額です。全国会や各地の患者会は製剤の安定生産や安価提供を訴えるとともに、国や自治体に公費負担の実施に向けて働きかけを続けました。
こうした活動もあり、1969年4月、先天性代謝異常4疾患と血友病に対して医療給付が開始。6歳未満で年に1回という厳しい条件ながらも、公費負担の第一歩を踏み出しました。

20歳未満の医療給付を実現
(小児慢性特定疾患治療研究事業の制定)

全国会と各地の患者会は国や自治体に陳情や働きかけを続けた結果、1972年には医療給付対象の年齢制限が12歳未満までに緩和されました。
その後、他の小児の病気も統合した小児慢性特定疾患治療研究事業が開始され、20歳未満までの医療給付が実現しました。しかし、20歳以上に対する医療給付は各自治体の裁量に任されたため、地域格差が生まれました。1970年代前半に年齢制限を撤廃した自治体もありましたが、年齢や地域に関係ない20歳以上の患者さんに対する医療費助成制度の導入は1984年になってからでした。

特定疾病療養制度による公費負担実現の一方で

図 1972年には第IX因子複合体製剤が承認され、血友病Bの患者さんも製剤による治療ができることになり、1983年には血液凝固因子製剤の自己注射が保険適応になりました。
そして1984年、健康保険法改正に伴う長期高額医療費の患者負担軽減措置により特定疾病療養制度が導入され、20歳以上の患者さんも血友病医療費の自己負担額が上限1万円となりました。年齢制限と地域格差のない公費負担の実現でした。
さらに、20歳未満の患者さんは小児慢性特定疾患治療研究事業によってこの1万円も助成されるため、自己負担額が実質無料で治療が受けられるようになりました。
こうした明るいニュースの一方で、海外での後天性免疫不全症候群(AIDS;エイズ)の情報が日本にも届き始めました。当時の日本は血液凝固因子製剤の原料や製剤そのものを輸入に頼っていましたが、患者さんや医療者は未知のリスクとベネフィットの比較衡量という厳しい選択を迫られました。そして、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)の混入した原料や製剤が輸入され、1986年には血液凝固因子製剤を介した血友病患者さんのHIV感染が報道されました。当時の約4割の患者さんがHIV感染という惨禍に見舞われました。さらには「血友病=エイズ」という偏見と差別が血友病患者さんに注がれることになったのです。

図

薬害エイズ訴訟の影で血友病患者全員の
医療費全額公費負担が実現

図 HIVに感染した患者さんは1989年、薬害エイズ訴訟を起こしました。そして同年、エイズ予防法案が成立します。この法案は、HIV感染者やエイズ患者の届出や隔離を軸とするものであったため血友病患者さんや関係者は強く反対しました。
しかし、エイズ予防法と引き換えかのように前年の1988年に「血液製剤によるエイズウイルス感染者の早期救済に関する件」が可決され、これを基に1989年から先天性血液凝固因子障害等治療研究事業が始まりました。初めて20歳以上の患者さんにおける自己負担1万円も公費で負担されるようになり、すべての血友病患者さんの医療費全額公費負担が実現したのです。
1996年、薬害エイズ訴訟は和解が成立しました。その後は徐々にHIVに対する社会の認識も改善し、現在では平均余命も感染の有無で変わらないぐらいにHIV治療は進歩しました。

図

医療費の公費負担継続を目指して

図 現在、日本の国民医療費は長年にわたり増大を続けており、血友病治療を取り巻く環境は非常に不透明な部分もあります。
2004年には小児慢性特定疾患治療研究事業の法制化に伴い、医療費の自己負担が導入されましたが、血友病に関しては1988年に決議された「血液製剤によるエイズウイルス感染者の早期救済に関する件」を根拠に、ヘモフィリア友の会全国ネットワーク(旧全国会)と各地の患者会が中心となって自己負担なしの継続を訴えた結果、血友病そのものを重症と認定することで自己負担導入が回避されました。
2013年に行われた小児慢性特定疾患治療研究事業の見直しでは、重症認定の廃止も検討されていたため、血友病に関しても自己負担導入が避けられない状況と考えられていましたが、やはり全国ネットワークや各地の患者会が中心となって要望書を提出するなど粘り強く働きかけた結果、小児慢性特定疾患治療研究事業の重症認定は継続され、血友病治療費の全額公費負担は継続されることになったのです。
しかし、今後の公費負担制度がどうなるかについては決して楽観視できる状況ではありません。患者会が中心となり、血友病治療費の公費負担継続に向けての働きかけが続いています。

図

参考)みんなに役立つ血友病の基礎と臨床 改訂3版(医薬ジャーナル社)
一般社団法人ヘモフィリア友の会全国ネットワーク・サイト ヘモフィリアねっと