人を育てたり
誰かの役に立てたり
すること
解説 愛媛大学医学部附属病院 臨床心理士 中尾 綾先生
最近、あなたががんばっていることは何ですか?
スポーツ?学校の係や委員会?
たぶん、自分に関することが多いと思います。
自分に関することで努力することももちろんステキですが、大人になったらそれだけではなく、他の人のためにエネルギーを使うことが増えます。
少し不思議に思うかもしれませんが、大人にとっては、人を育てること、誰かの役に立つことが、自分らしく幸せに生きることにつながります。
今回は、人を育てたり誰かの役に立てたりすることについてのお話です。
大人にとって、人を育てたり誰かの役に立てたりすることは、健康で幸福に生きていくうえで大切だと言われています。
このことについて、心理学の世界でとても有名な「エリクソンの発達理論」という考え方を通じて考えてみましょう。
心理学者であるエリクソンは、私たちの心の成長は、他者との相互的な関係の中で、ゆっくりと発達していくと考えました。
エリクソンが提唱するライフサイクルは8つに分けられ、まるで人生の階段のように一つ一つ課題を達成し、次の段階へと進んでいきます。
時期 | 年齢の目安 | 危機的な主題 | |
---|---|---|---|
乳児期
|
0~2才 |
基本的信頼 対 基本的不信 |
人を、自分を信じられるようになる |
幼児期
|
2~4才 |
自律性 対 恥、疑惑 |
何をするかしないか自分で決める |
児童期
|
4~7才 |
自発性 対 罪悪感 |
遊びを通して、 積極的に活動する力や、 目的を見つける力を育てる |
学童期
|
7~12才 |
勤勉性 対 劣等感 |
友だちと色々な経験を 行うことを通して、社会で真面目に 生きていく力を身に付ける |
思春期・
青年期 |
13~22才 |
アイデンティティ 対 アイデンティティの混乱 |
「自分とは何か」 「自分はどんな人物か」を見つける |
成人期
|
23~35才 |
親密 対 孤立 |
親密な関係や協力関係を持つことで、 多くの仕事をこなし、 社会に価値を生み出す |
壮年期
|
36~55才 |
世代性 対 停滞性 |
前の世代から学び、 そして自分が積み重ねたものを 次の世代に引き渡す |
老年期
|
56才~ |
統合 対 絶望 |
自分の人生をふり返り、満足できる |
※「年齢の目安」はエリクソンの時代のものです。
エリクソンの時代と今の社会では色々なことが違うため、年齢も異なると思います。
あくまでも順番と思ってくださいね。
この表を一緒に見てみましょう。
乳児期、つまり赤ちゃんの頃は何も分からず、自分ひとりでは何もできません。
でも、母親にたくさんお世話してもらったら、赤ちゃんは母親を「この人は自分を助けてくれる」と信じられるようになります。
この信頼をエリクソンは基本的信頼と呼びました。
母親が赤ちゃんのお世話をすることを、当たり前だと思うかもしれませんね。
でも悲しいことですが、出産は絶対に安全というものではないので、母親が赤ちゃんのお世話をできなくなることもあります。
だれにもお世話してもらえなかったら、赤ちゃんは基本的信頼を身に付けられません。
基本的信頼は、その後の人生で人を、そして自分を信じられるかにつながります。
母親に大切にされた経験から、これから出会う友だちや学校の先生、病院の先生も自分を大切にしてくれるだろうと思えるのです。
そして、人から大切にしてもらえる自分についても、大切にしてもらえるだけの価値のある存在なんだと信じられるのです。
基本的信頼を身に付けることができたかどうかは、その人の生き方を左右します。
自分もまわりの人も信じられないとなったら、生きていく道しるべがない状態と言えますよね。
人生を左右するほどのテーマということで、エリクソンは「危機的な主題(テーマ)」と呼びました。
そんな、危機的なテーマのうち、大人のテーマは「世代性 対 停滞性」となっています。
「世代性」という言葉は、「この世界を生きていく次の存在を生み、育て、導いていくこと」を意味します。
これまで自分が育てられ、導かれてきたように、今度は自分が次の人たちを育て、導くということです。
親として子どもを育てる。
上司として部下を育てる。
地域のスポーツクラブのコーチとして子どもたちに教える。
自分自身が深めたもの(例えば芸術や芸能など)を次の世代に託す。
このようなことができるのは、何かを相手から求められた時に、それを提供できる存在に自分がなっているからです。
求められるから相手に与える。与えることでさらに求められる。
大人になったとき、あなたもきっとこうした経験をすることでしょう。このように「自分たちが生きたあかし」を次の人たちに渡すときに、私たちは幸福を感じられるのです。
その一方で、人を育てることなく、ただ自分のためだけに生きていくとなると、それは停滞となります。
停滞とは、心の成長が止まってしまい、先のステップに進めなくなることです。
例えば、大人になり、多くの経験や知識をもっていたとしても、それを誰かに伝えたり、それを使って育てたりということをせずに、自分のためにだけ使っていたらどうでしょう。そこでは一時的な満足感は得られたとしても、より大きな喜びや幸せな気持ちは得られないかもしれません。
今回のテーマは、人を育てたり誰かの役に立つことでした。
エリクソンは、人のために役立ち幸せな生活を送るためには、
まずは良好な人間関係を築くことがとても大事だと考えています。
そのため、今のあなたには、いろいろな人と付き合い、いろいろな経験をすることがとても大切です。
その経験が、将来のあなたの人生を豊かなものにしてくれることでしょう。
エリクソンによると、学童期、つまり小学生のときは「勤勉性」が大切なテーマになるよ。
「勤勉性」は、あまり聞かない言葉かもしれない。 でも、きっと君もしていること。
そう、友だちと一緒に遊びも勉強も一生懸命に取り組むことだよ。
たまには失敗することもあると思うけど、大丈夫。
成果ではなく、一生懸命に取り組む姿勢を通して、大人になったときに社会で真面目に生きていく力を身に付けられるからね。