信頼できる先生と
巡り会う、という幸せ。
初めて体に異変を感じてから、信頼できる主治医と出会い
CIDPと診断されるまでに7年を要した阿部文恵さん。
この出会いによって、彼女に新たな希望の光が灯しはじめます。
しびれと痛みに、
一人悶々とした日々。
阿部文恵さんにCIDPの症状が現れたのは今から20年前、40歳の頃でした。指先にしびれを感じたのが始まりで、そのしびれはやがて腕へ、そして肩へと広がり、まるで感電したようなものすごいしびれと痛みに襲われるようになって、これはおかしいと感じたのだそうです。
当時は老人介護施設に勤め、毎日かなりの重労働をこなしていたという阿部さん。そのうち足の裏に何か異物がこびりついているような違和感をおぼえるようになります。「なんかこう、ゴロッとした石の上に立ってるような感じ。立っててもバランスが取れないんですよ」。そんな違和感は次第に足首の上の方にまで広がっていき、爪で思いっきりつねってもまるで痛みを感じない状態に。これは絶対おかしいと思い、隣の市にある脳神経外科を受診しました。
そこでレントゲンやMRIの検査をしてもらったものの、「何も写ってないから、きっとあなたの気のせいだよ」と言われて帰されてしまったという阿部さん。「でもしびれもあるし、感覚もおかしいし、絶対に気のせいなんかじゃない」と思いながらも、まだこの段階では仕事に大きく差しつかえるほどではなかったこともあって、再び病院を訪れることもせず、これまで通りの生活を続けていました。
しかし、ある日たまたま目にした新聞の記事が阿部さんを動かします。そこに書かれた脳神経内科医の話を読んだ阿部さんは、「あ、この症状って私と同じじゃないの!」と驚いたのです。しかし地元には脳神経内科のある病院がなかったため、近所の内科を訪ねて、「脳神経内科で診てもらいたいので、紹介状を書いてください」とお願いをします。初めて指先にしびれを感じたあの日から、7年の歳月が流れていました。
信頼できる主治医との出会い。
紹介状を持って札幌医科大学病院を訪ねた阿部さんは、そこで今井富裕先生と出会います。しかし先生の第一印象は必ずしも良くなかったのだとか。
「診察室に入って来るところからずっと見てるんですよね。失礼しますって入った時に、椅子にドカッと座って腕を組んで食いつくみたいにじ〜っと。で、第一声が『歩きづらそうだね』っていう。私はすごい緊張してるから『感じワルッ』って。あ、ゴメンなさい、先生(笑)」。
そんな阿部さんの話を聞いていた今井先生は、「どこが悪いのかを見極めるには、歩行ってすごく大事なんですよ。阿部さんの場合は失調性歩行だったんです。で、手を見ると少し震えてた。それで、これは末梢神経障害だろう、と」。その歩き方には特徴があったと言います。「足元を見ながら入って来る感じだったから、自分の足の位置がどこだかわからない状態なんですよ。足が地面にどうついてるのか自分でわからない」。普通、人が何も意識しなくても、考えごとをしながらでもスタスタと歩けるのは、足の裏の感覚が常に脊髄にフィードバックされているから。それが阿部さんの場合うまくいっていなかったのだと先生は言います。
そのころ阿部さんが困っていたことの1つが“お箸”。料理をするのが好きなのに、菜箸が思うように使えない。食べる時には、お刺身を箸でつまもうとしても、お刺身はツルッと飛んでいって、お醤油がピッと跳ねるなんていうことも。持つ位置を短く変えて使うなど工夫しても、やはり細かいものはつかみにくい。「もうスプーンとフォークがあればいいや」と、お箸は諦めて思い切りよく捨ててしまったほどでした。
その後阿部さんはさらに、"震え"に悩まされることになります。「痛みも、つらいことはつらいんですけど、でも震えがあるっていうのは、食事の支度をするにも食べるにも、服を着たり脱いだりするにも困る。ボタンだってかけられないし。指先ってとても大事で、そこが使えないっていうのはすごいストレスなので、それをなんとかしたいっていうのはありましたね」と阿部さんは振り返ります。
最初の診察の時に、阿部さんは今井先生から「多分CIDPだと思うけど、次にもう1回来た時に詳しい検査をするから」と言われ、2回目の診察で行った神経伝導検査の結果CIDPと確定診断されます。診断を受けて阿部さんは、自分の症状が"気のせい"ではなく病気であったこと、そしてCIDPという診断名がついたことにホッとしたのを覚えています。先生からは「これから、 こういう治療をしていくから」と明確で具体的な治療の方向性が示され、その後実際に治療が始まってからも「少しでもいい状態が長く続けられるよう、一緒にがんばりましょう」と励まされるにあたって、阿部さんは「この先生についていこう」と心に決めたのだそうです。
阿部さんが生活の中で使用されている自助具例
一番の悩み「震え」から解放されて。
それから今井先生は、治療計画を立てて阿部さんの治療を進めていきます。いくつかの療法を組み合わせることもありました。本来なら先生は定期的なリハビリテーションも行いたかったのですが、当時の阿部さんは札幌から車で数時間かかる遠方に住んでおり、通院が困難でそれが果たせず、また仕事が忙しくてなかなか入院できなかったこともあって、ともすれば治療が滞りがちになるのがもどかしかったと今井先生は言います。
その後、阿部さんにアレルギー反応が起こったり、腎盂炎を発症して発熱が続いたりといった紆余曲折を経ながらも、時には入院するなどして今井先生との二人三脚の治療によって一番の悩みであった"震え"は徐々に軽減していきます。かつては料理の際に手が震えて包丁で指を切ってしまったり、その包丁をしまおうとしてシンクにぶつけて刃を欠けさせたりしていたのが、次第におさまってきたのです。「入院する前はずいぶん震えていたんですけど、入院して集中的に治療を行った結果、かなり震えが改善されたんです!震えが改善されるとQOLも上がるので、何よりそれは嬉しかったですね。コーヒーを淹れても手が震えちゃってカップに入らなかったんですから」と阿部さんは振り返ります。
さらに「今井先生は、その時々の症状や訴えを汲み取って、最良と思われる治療方法を提案してくれるんです。それに治療面だけじゃなくて、私の生活にも気を配ってくれる。例えば、いま私が利用している訪問看護のサービスも、今井先生からのご提案なんですよ」と阿部さん。今井先生への感謝の言葉は尽きません。
先生との出会いから生まれた希望
あらためて阿部さんに今井先生の印象を尋ねると、「まず患者の話をよく聞いてくれる人。自分の知識とか経験だけじゃなくて、目の前の患者さんの話をよく聞いてくれる先生。」という答えが返ってきました。「同じ病気の人でも、先生と合わなくて病院を転々とされたり、途方にくれちゃってる患者さんもいたりするんですよね。なので信頼できる先生と巡り会うというのが一番かなと思う。同じ目標に向かって上手く病気と付き合っていこうと一緒に寄り添ってくれる先生。私なんかけっこうズケズケものを言うんですけど、根気よくつき合ってくれる今井先生にはもう、感謝しかないです」。
さらに阿部さんは主治医になる先生方への希望を口にした。「CIDPの診断や治療については、専門医でないと難しいことも多々あると思います。生命に直結しなくても深刻な病気であることに変わりはありませんから、できれば科の枠を超えて専門医につないでいただけると、途方に暮れている人や悩んでいる患者さんにとって、一条の光になるのではないかと思いますね」。
では今井先生から見た阿部さんは、どんな患者さんなのでしょう。「阿部さんは、的確に自分のことをしっかり話せる人。それに私が話をちゃんと聞いてない時はそれを見抜いて、『今の私の話、聞いてなかったんじゃない?』なんて言ってくる人なんですよ(笑)。人によっては『どうして私のこの深刻な話を漏らさず聞いてくれないんですか?』って、もっとヒステリックになる人もいるし、逆に、聞いてくれなかったら聞いてくれなかったで素通りしちゃって大事な訴えを私がとらえられない人もいるんだけど、阿部さんはそういったことを上手に、適切に伝えられる人なんですよ」と先生は語ってくれました。
さらに今井先生に「患者さんにとっていい主治医とは?」とお尋ねすると、「まず、患者目線に立つということかな。医学的にああだこうだという前に、患者さんが困ってることがどういうことか、素直に把握する。もう1つ大事なのはたくさん診ること。臨床医にとって、教科書でいくら学んでもその通りにいくわけじゃない。患者さんごとに症状の出方や感じ方、治療法の向き不向きがいろいろ違うし、病気も数が多いし、同じ病気の中でも典型もあれば非典型もあるから。だけど不思議なことに、3年前にあそこで診たあの人と同じだ、なんていうのはすぐに思い出すんです。結局、患者さんの話をちゃんと聞く、患者さん目線で見るっていうのが、一番大事じゃないかな」。
自分の体に異変を感じながらも、どう対処していいかわからず、一人悶々とする日々を送っていた阿部さんの人生は、今井先生との出会いによって大きく変わりました。その出会いもまた、阿部さんご自身の前向きさが引き寄せたことです。よくなりたい、治してほしい、という患者さんの熱意と、それをしっかり受けとめていっしょに病気と向き合う主治医。お二人の会話から揺るぎない信頼の絆が感じ取れました。
阿部文恵さんに学ぶ「あなたの治療のヒント」
CIDPは発見も診断も難しい病気です。専門に診てくれる医師にかかることが大事。きちんと話を聞いてくれて、いっしょに考えてくれるドクターは必ずいると思います。
それから、病気のせいでできないことを思い悩むより、できることをやる。読書でも音楽でもグルメでもいいので、楽しいことや好きなことをやって、前向きに。だけどあまり必要以上に頑張らないこと。気持ちをラクに持って病気と上手く共生してもらいたいと思いますね。
病気を克服するんだ!治すんだ!って頑張りすぎるとそれがストレスになっちゃうので。肩の力を抜いて、きっといい治療方法や治療薬が見つかると期待して、希望を捨てないで欲しいと思います。
今井先生からの「ワンポイントアドバイス」
CIDPは何より早期発見・早期治療に尽きると思います。きちんとした診断基準があるので、ちゃんと診断できる病気なんですよ。昔はCIDPって混沌としてたけど、今は病態がかなり分かってきています。だから治療介入をいかに医師側が早くしてあげられるかっていうのが大事で、それはこれから先どんな新しい治療が出てきても同じだと思いますね。
国立病院機構箱根病院神経内科今井 富裕
JPN-HIZ-1194