文化都市・松本を「在宅医療」で支える
国宝松本城のお膝もとで、 “三ガク都(音楽の都・山岳の都・学問の都)” とも呼ばれ、古くから文化都市として栄えてきた長野県松本市。この街の基幹病院である相澤病院から生まれた「地域在宅医療センター」に所属し、この街の地域医療を「在宅医療」という分野で支えるお二人に、今回はご登場いただく。患者さんのお宅を訪ね、生活の現場で看護をする “訪問看護” が専門の看護師、金丸佳子さん。同じく訪問してリハビリをする “訪問リハビリ” が専門の理学療法士、小林聖奈さんだ。
一人の患者さんを複数のスタッフでケアする仕事
看護師の金丸さんは、長野県南信地方の出身で、駒ヶ根市の病院に就職し、そこで働きながら勉強をしてケアマネジャーの資格を取得。さまざまな職種の人が連携して動く在宅医療に興味を持ち始めたところに声がかかり、転職して訪問看護の仕事を始め、今に至っている。
そんな金丸さんが担当する患者さんの中に一人、CIDPの患者さんがいる。「毎週1回彼女のご自宅に伺い、1時間20分ほどの間、ご一緒させていただいています」。その患者さんは20代でCIDPと診断され、30代で再発。40代の現在まで寛解と再発を何度か繰り返してきた方だ。しかし難病を抱えながらも2人の子供を育てあげた前向きで活発な女性だという。以前は息子さんの一人がケアしてくれていたが、大学に進学することでそれが難しくなり、訪問看護を依頼された。
同じその患者さんをリハビリで支えているのが、理学療法士の小林さんだ。佐久市で生まれ新潟の大学を出て、この仕事に就いて3年目。「私は1回のご訪問で40分ほどリハビリをします。比較的病歴が長い患者さんですので、今できないことができるようになることよりも、現状維持を心がけて取り組んでいます」。長く治療を続けてきた患者さんなので、大きな改善を望むよりも、“今できることができなくなるのを防ぐ” ことを念頭に置いているのだという。
彼女は患者さんに対して、できるだけ多く “正のフィードバック” をして、気持ちが少しでも前向きになるよう心がけている。先日は「最近足が前に出づらいんだよね」という患者さんの話を受けて、「じゃ、体幹が弱っているかもしれないから、そこを鍛えましょう」とトレーニングを処方して帰ったところ、次回の訪問時に「こないだのトレーニング、とてもよく効いたのよ!」と、患者さんからも正のフィードバックが得られて、とても嬉しかったという。そしてこのお二人の他にも、ケアマネジャーやヘルパーなどのスタッフが、在宅の患者さんをそれぞれの専門領域の立場から見守っている。
在宅医療の意義・魅力
看護師さんと理学療法士さんから見た在宅医療の意義とは、そして患者さんから見た在宅医療の魅力とは何なのだろう。金丸さんは、「まず、ご自身が住み慣れた場所で生活でき、その生活の中で継続的な医療の提供ができること。また専門分野の職種の人が集まって連携を密にしながら一人の患者さんをケアしていくという体制は、とても魅力的だと思います」と答えてくれた。
その言葉に小林さんも頷きながら、「リハビリに関して言えば、その方の住む家でやるので、ご本人の動きを生活の中で見ることができること。それが一番の良さだと思います。その人の生活や動線をその場で見て『この動きをする時には、ここに手すりがあったらいいかも』などと評価できるのは大きいですよね」と語ってくれた。その患者さんの、日々の暮らしに合ったトレーニングを考えることができるのが、訪問リハビリの強みだと感じているそうだ。
情報の収集と共有が、在宅医療を強化する
在宅医療を進める上で大切なことは、スタッフ一人一人が患者さんの情報をしっかり収集することだと金丸さんは言う。「ご自宅には、病院では知ることのできない患者さんの情報がたくさんあります。例えばある日『今までここにアレが置いてあったのに今日は無いな、どうしたんだろう?』と変化に気づき、それが患者さんとの会話のきっかけになったことがあります。その結果、いつもはできていると思い込んでいた運動のペダル踏みが、実はあまりできていない、ということが分かったんです」。金丸さんは、些細なところも注意深く観察し、視覚はもちろん、聴覚や嗅覚など五感を総動員して情報収集することを心がけている。「例えば “お通じ” だけでも、色とか量とかニオイとかで分かることがあるし、それは食事や運動とも関連すること。ご自宅には貴重な情報があふれている」のだそうだ。
さらに、個人が収集した情報をスタッフ間で共有することが、患者さんへの理解を深める上でとても重要だという。在宅医療では、スタッフが個別に訪問し、患者さんを支える部分も違うので、ひとりでその患者さんのすべてを知ることは難しい。例えば看護師の金丸さんは、患者さんの「リハビリの時の様子」や「ヘルパーさんが介入した時の様子」は分からないし、同様に理学療法士の小林さんには「看護の時の様子」を知る機会はない。しかしそれらを皆が持ち寄って共有すれば、患者さんを多角的に理解することができる。それこそが在宅医療の魅力であり、強みでもあると金丸さんは考えている。
小林さんも常々それを感じている。「どの患者さんも、リハビリ担当の自分が行く時はすごく頑張って動いてくれるんです。だけどある時、看護師さんから『あの患者さん、あまり動けないんだよね』と言われて、ハッとしたことがあります」と振り返ってくれた。その時小林さんは、「リハビリの時だけでなく、1日の生活を通して、どう動いてもらうかを考えなければならないな…」と感じたのだそうだ。今は、センターに戻ると看護師さんやケアマネジャーさんらがいて、様々な情報を皆と共有することができるので、とても助かっているという。
自分の病気を受け容れるのは、実は容易なことではない
このように患者さんを深く理解しようと心がけ、そのQOLを上げるための努力を怠らないお二人だが、今回のCIDPの患者さんのように、病歴が長く、今後の大きな改善が難しい患者さんを看護したりリハビリしたりするに当たって、何を感じ、何を心がけているのか尋ねてみた。
金丸さんからは、「長く闘病されている患者さんは、今では病気を受け容れていらっしゃるはず、と周りは感じがちだけど、 “一概にそうとは言えない” ことを、心に留めておくべきだと思います」という答えが返ってきた。金丸さんはある時、そのCIDP患者さんが発した『私は夢の中で走っていた』という言葉が忘れられないという。
それを聞いて、「この方は病気を受け入れているのではなくて、長い年月を経て “受け入れざるを得ない” 状況にあるだけなのではないか?」と感じたそうだ。患者さんの気持ちを簡単に理解したつもりにならず、推しはかりながら接することを忘れないようにしようと、金丸さんは肝に銘じたのだという。
そんな金丸さんの言葉を引き継ぐように小林さんは、「私はある時、彼女から『自分がシュンとなってしまったら子供たちにも示しがつかない。だから、いつも頑張って前向きにやっていこうと思ってるんだ…』という言葉を聞いたことがあります」と回想する。小林さんはそれを傾聴しつつ、「だから、こんなに動けてるんですね!」と、彼女の前向きな姿勢を肯定する言葉をかけたそうだ。「さらにモチベーションを持って、リハビリに取り組んでいただけたらいいなと思って…」と笑顔で語ってくれた。
患者さんが本当に困った時にこそ、頼っていただける存在でありたい
全国のCIDPの患者さんに、励ましの言葉をいただけますか?とお願いすると、金丸さんは、「その方の立場に立つと、簡単に励ますことなんてできないな、と思ってしまうんですよね…」と、ちょっと困った表情になった。「ただ、『いつも近くにいるよ』とか、『何かあったら声をかけてね』とか、そういう距離感でなら、私たちは寄り添うことができます。いつだってあなたを見守って、支えようとしていますよ、と私たちスタッフ全員が思っていることを、心に留めておいていただければ、うれしいですね」と続けてくれた。
小林さんは、「CIDP患者さんがリハビリして良くなったとか、歩けるようになったという話も聞きますけど、それは時期とか病歴によっても違うでしょうし、リハビリしたからといって必ずしもすぐに良くなるわけでもありません。その方に合った、病気に合ったリハビリや看護が必要になります。ただ、入院していて『家に帰りたい』とか『我が家で生活したい』と思われる患者さんには、 “在宅医療という方法もある” ということを知っていただき、それがその方の生活の一助になれればいいな、と思っています」と語ってくれた。
落ち着いた物腰で、ていねいに言葉を選びながら語る金丸さんと、明るい笑顔で快活に、しかしやさしく語る小林さん。職種も違うようにキャラクターもまた異なる二人のお話を聞きながら、このお二人だけでなく多くのスタッフが、それぞれのキャラクターと専門知識・技術を駆使して一人の患者さんをケアする在宅医療という共同作業の素晴らしさを、今日ハッキリと感じることができた。
(取材日:2022年8月19日)
2022年12月作成
JPN-HCI-0194