CIDPだからって、
私には私の人生がある。

CIDP患者さんと主治医の二人三脚ストーリー

イラスト
Story.6

ああ、良くなってきたんだ!という実感がもてると
治療にも人生にも前向きになる

写真:主治医 下村 登規夫 先生
下村 登規夫 先生
独立行政法人 国立病院機構
さいがた医療センター 院長
*肩書は取材当時
写真:患者さん 加藤 松次郎さん
加藤 松次郎さん
病歴1年 
新潟県上越市在住

10年前に現役を引退した後も、元気に身体を動かしていた
加藤 松次郎さんは昨年春、作業中に手に力が入らなくなって驚きます。
しかしすぐに病院を受診。早くも1ヵ月後には下村 登規夫先生から
CIDPと診断されて急性期治療を開始し、
今では維持療法へと移行して日々回復へと向かっています。

写真:患者さん 加藤 松次郎さん

手に力が入らない。
糖尿病のせいかな?…

今年81歳になる加藤松次郎さんは、高校生の頃から家業を手伝う形で始めた造園業を50年以上続け、70歳になった10年前に、息子さんに後を譲って引退しました。しかしその後も昔からのお得意様に庭の手入れを頼まれて引き受けたり、自宅のストーブ用に木を切って来て薪を作ったり、自然薯の栽培を始めたりと、相変わらず忙しく動き回っていました。
ところが昨年の4月、自然薯を栽培するための棚を作っていた時に、突然手に力が入らなくなって驚きました。「右手も左手も力が入らないし、ちょっと作業したら座り込んでしまうほど、足にも力が入らない。最初は、疲れたのかな?…歳のせいかな?…って思いましたね。それから、いや糖尿病のせいかも?…って」と回想する加藤さん。景気の良かった時代に暴飲暴食したせいで(とご本人はおっしゃいます)、30年ほど前に発症して治療を続けてきた糖尿病のことが頭に浮かんだそうです。
加藤さんはすぐに整形外科を受診します。実はその2ヶ月前に、木を切り出すためにチェンソーを使っていて手をケガし、治療のために何度か足を運んでいた整形外科でした。「すぐにその整形外科の先生のところへ飛んで行って、手にも足にも力が入らなくてフラフラするから、ちょっと診てくれよって」。

写真:患者さん 造園業をやっていた頃の加藤 松次郎さん

そこで全身のレントゲンを撮りましたが、異常は見つかりませんでした。医師からは「これは神経の問題かもしれない。うちにはこれ以上の設備はないから、よそで頭か頸(くび)のCTを撮ってもらった方がいい」と薦められます。「紹介状を書いておくから、来週のこの日に取りに来て、その足でこの先生を訪ねなさい」と、日時から担当医まで指示してくれたそうです。
加藤さんは5月の指定されたその日に紹介状を受け取ると、言われた通りにその足で、さいがた医療センターを訪ねました。

検査を始めて1週間で、CIDPと診断される。

そんな加藤さんを外来で迎えたのは、下村先生のもとで長年にわたり研究と臨床を重ねてきた、CIDPにも詳しい医師でした。加藤さんを診察するとすぐにCIDPを疑い、下村先生に相談したようです。下村先生は考え得る限りの鑑別診断を挙げ、「これがない、あれがない」と切り落としていき、最後に残ったのは糖尿病性末梢神経障害とCIDPでした。

写真:さいがた医療センター

しかし詳しく診察した結果、糖尿病性末梢神経障害が出るタイプではなさそうだということがわかり、年齢的にもCIDPを選ぶのが妥当と考えたそうです。そして髄液検査、SEP(体性感覚誘発電位)、神経伝導速度検査を行い、さらに、2回目の脳脊髄液蛋白細胞解離が見つかった時点でCIDPと確定診断しました。「ですから入院して検査を始めてから、確定診断までに要したのは1週間でした」と当時を振り返ります。

下村先生はまた、最初に診てくれた整形外科医の判断にも助けられたといいます。「整形外科の先生が加藤さんにCTを勧めたということは、その先生が脳梗塞などの脳血管障害を疑われたのだと思うんです。それですぐにうちを紹介してくれた。それも加藤さんにとって幸いなことだったと思いますね」。
加藤さんは、確定診断の際に受けた神経伝導速度検査のことをよく覚えています。「あの時は、いくら電気を当ててもピクリともしなくてね。痛みも全然感じない。何回も叩かれたりしたんだけど、もうホントになんにも感じないんですよ」。

写真:主治医 下村 登規夫 先生

CIDPと診断された加藤さんは、下村先生から入院を薦められ、入院に先だって息子さんと一緒に病気の説明を受けました。「私が急にそうなったもんだから、息子も『親父はこれから、どうなるんだろう?』って心配してました。それで一緒に来てくれたんですけど、先生の話を聞いてビックリしてましたね」。
病名を聞いた時には、加藤さん自身も「何じゃそりゃ?!」と思ったのだそうです。「CIDPなんて聞いたこともないし、日本語で聞いても長くて難しくて、とても覚えられない病名でしたから」。下村先生もその時「日本語の病名って、何でこんなに漢字ばかりで、しかも長いんでしょうね」と言いながら、病名をメモ用紙に書いて加藤さんに手渡したことを覚えています。

電気がビリビリ!と感じられるまでに。

そして下村先生と加藤さんの二人三脚の治療が始まりました。下村先生は「CIDPの改善に効果が期待できる免疫グロブリン療法を、まずやりましょうと」。6月末に行った2回目の神経伝導検査の時のことを加藤さんはこう振り返ります。「前回の検査の時とは全然違って、もうピリピリ!くるんですよ。つまり電気が通ったんでしょうね。検査の先生が『今度は最高にやってみますからね!』って。そうしたらもう、ホントにビリビリきちゃって、痛くてもう蜂に刺されてるような感じでした。でも、あぁ良くなってきたんだ!って。痛いんだけど、でもよかったなぁ!…って。そりゃうれしかったですよ」。

写真:主治医 下村 登規夫先生と患者 加藤 松次郎さん

それについて下村先生は、「痛みに対する感覚が戻って来たっていうのはすごいプラスですし、その時『少し力がついたような気がする』ともおっしゃった。そういう感覚はとても大切なんです。患者さんが感覚的に『この治療は信用できるぞ!』っていうプラスの感覚を持つか、『この治療で大丈夫か?』とマイナスの感覚を持つかは、病気が良くなるか悪くなるかに影響を与えます。その時も加藤さんにそう説明しました。そしてご本人も納得された上で治療を続けました」。
加藤さんも、「手に力が戻ってきたし、足に力が入るようになったことは、立ち上がる時に実感できましたね。そして何より歩きやすくなったんですよ」と回想してくれました。
それにしても「早期発見・早期治療」できて良かったですね、と加藤さんに水を向けると、「いやあ、下村先生に出会えてホントによかったです。もうあの、…神様みたいなもんですよ」。下村先生は、「確定診断が遅れてしまうと、その間は適切な治療ができないわけですから、症状が悪化していく可能性は高いですよね。CIDPって適切な治療をしたからといって必ずしもどんどん良くなる病気だとは言えませんが、ただ、悪くはならないということは言えると思いますから」と、迅速な診断と適切な治療の重要性を語ってくださいました。
そして今では、加藤さんは急性期治療を終え、下村先生がおっしゃる「プラスの感覚」を持ちながら、維持療法を続けていらっしゃいます。

「何でも記録する患者」と「何でも話せる先生」が
出会ったからこそ。

下村先生から見た加藤さんはどんな患者さんですか?とお尋ねすると、「いやあ、僕はビックリしたんですけど、ノートを作ってらっしゃいましてね。そのノートには、その日の診察で私が言ったことや治療内容が詳しく書いてあるんですよ。「何月何日、何時から何時まで点滴した」みたいに、僕のカルテより詳しいんじゃないか?っていうくらい克明に」。加藤さんのノートは、かつて糖尿病の治療を始めた頃、「仕事を続けるために、入院しないで自分で治そう」と思って、食事や運動や治療を記録し始めたのがきっかけなのだとか。下村先生は、そのように患者さんが“どういう治療を受けたか?その時どんな気持ちだったか?”を記録しておくのは、医師が治療する上でも役立つのだとおっしゃいます。
では加藤さんから見た下村先生は、どんな先生なのでしょう?「先生は、ものすごく人当たりがよくてさ。気になることはなんでも話ができるからもう、ラクなんですよ。怖い先生もいらっしゃるけど、先生はぜんぜん怖くないんです」。
加藤さんが「何でも話せる」という下村先生には、患者さんを診る時にいつも心がけていることがあるといいます。「私は患者さんの前に座って、『この患者さんがもし自分だったら、どういう風に治療を受けたいかな?…』と考えながら、診察をしたりお薬を出したりするようにしています。自分も歳をとってきましたから、『自分自身がこの病気に罹らないとは言えない…』という不安が出てきました。だから患者さんに『私もこの病気になるかもしれない。だから一緒に考えて、この薬を飲むのか飲まないのかを考えたい…』って言うんです。そうすると患者さんも信用してくれる。共感が得られるんです
加藤さんに今後のことをお尋ねすると、「上越は、冬は寒いし夏はとても暑いから、仕事はもうやらないです(笑)。地元では年寄りが集まって1年じゅう散歩したり、身体を動かしたり、温泉施設で遊んだりしてるんですけど、私は今まで会費だけ払って参加できてなかった。身体も動くようになってきたから、これからは参加しようかな、って思ってます」と、笑顔で答えてくださいました。

写真:主治医 下村 登規夫 先生

同じ質問に下村先生は、「4月に、うちの病院に新しい人たちが入ってきた時にはいつも『自分や自分の家族が病気になった時には、うちの病院で診てもらった方が良いよ!って言えるような、そんな病院を作ろうね』っていう話をするんです。患者さんは常に『自分の立場になって診てくれるだろうか?』という不安をお持ちだと思いますから、そんな不安のない病院にしたいと思っています」と、病院の今後のビジョンについて語ってくださいました。
今回のインタビューでは、「早期発見・早期治療」の威力を目の当たりにしました。それは加藤さんの、年齢などまったく感じさせない前向きで軽やかな行動力と、それを受け止めた下村先生の、膨大な研究と臨床に裏打ちされた治療との出会いがもたらしたもの。さらに「どうしても治したい!」「とにかく良くなりたい!」という情熱の賜物であることをひしひしと感じました。

加藤 松次郎さんに学ぶ「あなたの治療のヒント」

おかしいなって思ったら、しばらく様子を見るとかじゃなくて、すぐに病院に行って診てもらった方が良いと思いますね。もしそこでわからなかったら紹介状を書いてくれるようにお願いして、できるだけ早くその病気の専門の先生にたどり着いて、しっかり診ていただくのが良いと思います。

下村先生からの「ワンポイントアドバイス」

異常を感じても、自分でこうだからと決めつけてしまったり、あるいはちょっとした痺れだからと、そのままにしてしまう方もけっこう多いです。でもそんな時はまず病院に行って、医師に診てもらうことが何より大切です。それから痺れがあったりすると、皆さん整形外科にいらっしゃいます。例えばパーキンソン病なんかも腰痛で始まる方が多いですし、「歩き方がおかしい」と言われて病院に行かれる方も多いので、多くの方が整形外科に行かれます。でもそんな時、脳神経内科も頭に思い浮かべていただけると良いと思いますね。それが案外、近道になる場合もありますから。

*紹介した症例は個人の発言に基づく臨床症例を紹介したもので、全ての症例が同様な結果を示すわけではありません。

(取材日:2022年1月20日)