CIDPだからって、
私には私の人生がある。

CIDP患者さんと主治医の二人三脚ストーリー

イラスト
Story.7

治るためなら何でも言おう!何でもしよう!
…そう思って頑張ってきて良かった。

写真:主治医 尾上 祐行 先生
尾上 祐行 先生
獨協医科大学埼玉医療センター
脳神経内科 准教授
*肩書は取材当時
写真:患者さん 芳賀 良一さん
芳賀 良一さん
埼玉県吉川市在住 
治療歴5年

建築業に従事しながら、足腰の不調やめまいに襲われて
困り果てていた芳賀良一さんは、
尾上祐行先生と出会ってCIDPと診断され治療を開始しました。
「治るためなら何でもしよう」と思う芳賀さんと、
「患者さんの言葉の中に答えがある」と考える尾上先生は、
息の合った治療で難しい局面を打開していきます。

写真:患者さん 芳賀 良一さん

歩こうとして、
突然倒れたことも。

建築業を営む芳賀良一さんが初めて身体に異変を感じたのは、5年ほど前のことでした。仕事がら、梯子(はしご)や脚立(きゃたつ)を上り下りすることが多い芳賀さんですが、いつもは何でもないそんな動作が、その日はとても億劫に感じられたのだそうです。
「なんだか足腰に力が入らない。今日は体調が悪いんだな…」と、特に気に止めることもありませんでしたが、その足腰の不調は1週間たっても回復せず、「特に疲れるようなこともしていないのに動きが悪すぎる。これは変だぞ…」と心配が募り始めます。
その後1ヶ月ほどたっても状況は変わらないどころか、悪化しているようにも感じられて、近所の内科医を受診しました。しかしレントゲンの結果は、「どこにも異常はありません」というものでした。納得がいかない芳賀さんは、その後半年くらいかけて、いくつもの病院を訪ねます。まず、別の内科を受診。平衡感覚の違和感やめまいもあったことから、内科から耳鼻科へ回され、その後整形外科を受診して、さらには脳神経内科でも診てもらいました。その間、レントゲン、CTスキャン、MRIなど、さまざまな検査をしましたが、いずれも「特に異常はみられません」という診断だったのだそうです。

その間に芳賀さんの症状は一段と悪化していきました。2年ほど経過すると、ほぼ歩けない状態になり、ひとたび椅子に座ると立ち上がるのも大変な状況になっていました。仕事中も、突然倒れてしまうことが何度かあったそうです。「歩こうとして足を踏み出したつもりが、思ったように足が前に出ていないから倒れちゃうんですよ。で、倒れる時はなんとか手で体を受け止めるんだけど、何かにつかまらないと立てない。

写真:獨協医科大学埼玉医療センター 外観

だからつかまるものがない時はもう、大変でした。お風呂も、湯船に入っちゃうと一人では出られない時もあったので、怖かったですね」と当時を振り返ります。
原因がわからないまま症状が悪化していくことに焦りを感じた芳賀さんは、さらに別の病院を受診しました。すると診てくれた医師から「獨協医大に良い先生がいらしたから、診てもらったら?」と薦められます。芳賀さんは、すぐに紹介状を書いてもらい、獨協医大の尾上先生を訪ねることにしました。

立派な体格なのに、腕が上がらない。
寝返りさえ打てない。

芳賀さんに初めて会った時のことを尾上先生にお尋ねすると、「実は以前に、うちで他の先生が一度芳賀さんを診ていて、その時に検査もしていたことがわかりました。しかしその時はまだ所見が出ていないんです。おそらく芳賀さんの場合、症状が軽くなったり重くなったりという波があって、その後グンと悪くなった時に、近くの病院から紹介されて、再び獨協医大にいらしたのだと思います」と話してくれました。

写真:主治医 尾上 祐行 先生

尾上先生はその時、大きくて立派な体格の芳賀さんから、「腕が上がらない」「寝返りが打てない」という、にわかには信じられないような、また過去の検査データからも説明がつかないような症状を訴えられて、とても驚いたのを憶えています。
脳の病気であればMRI等で分かりますから、脳ではないだろうと。やはり中枢ではなくて末梢神経の病気なのだろうな、という印象を最初に持ちました」。
尾上先生は、あらためて検査を行うことにしました。それも繰り返し行うことに。そして3回目の検査の時、末梢神経の神経根に異常が出ていることが初めて見つかり、CIDPと確定診断します。尾上先生が初めて芳賀さんに会ってから約3ヶ月後のことでした。
確定診断を受けた時、芳賀さんは実は、こんな心境だったと言います。「とりあえず動けるようになればいいかなっていう、半分諦めの気持ちでしたね。病名がはっきりしたとはいえ、完全には戻らないだろうと。当時はそれくらい状態が悪くなっていて、そう簡単に良くなるなんて、とても思えなかったんですよ」。

「状態の底上げ」を目指し、
諦めずに治療を重ねて。

そして尾上先生と芳賀さんの二人三脚が始まりました。まず芳賀さんは入院し、5日間にわたって免疫グロブリンを点滴しました。すると尾上先生の予想以上にその効果が現れます。筋力もある程度戻ったため、芳賀さんは退院しました。しかし1ヶ月後の外来で尾上先生が再会した芳賀さんの表情はすぐれませんでした。「点滴の効き目は2週間しかもたなかった」と言うのです。そこで「状態の底上げ」を目指して再度入院してもらうことになりました。もう一度5日間の点滴を行い、その後も1ヶ月に1回、外来での点滴を続けました。
しかしそれでも十分には回復しなかったため、尾上先生は治療の強化に踏み切ります。5日間の点滴を2ヶ月連続で行い、さらに1日もしくは2日間の点滴も繰り返し行って、さらなる状態の底上げを図ったのです。それによって、やっと症状が安定してきたといいます。
当時の様子を芳賀さんは、「入院している間は当然、仕事はできませんでしたけど、入院していない時も、簡単な作業や体力を使わない仕事しかできない状態でした。入院して点滴して、良くなったけどまた悪くなって。…それでもあの頃は、くり返し点滴して良くなるんだったら、絶対がんばってそれをやっていこう、って思ってましたね」と振り返ります。
2019年6月、尾上先生は芳賀さんに、免疫グロブリンの在宅皮下注射をしてみてはどうか?と、もちかけてみました。理由は、点滴をくり返すうちに、点滴のするための血管がつぶれてなくなってきたこと。もう一つは、入院や通院で芳賀さんが拘束される時間を少しでも減らしてあげたいという尾上先生の配慮でした。
芳賀さんは、先生のそんな提案をすぐに受け入れます。「自分で注射するなんて初めてでしたけど、治るのだったら何だってやるぞ!という気持ちでした」。
それから自宅で1週間に1回の皮下注射を始めると、筋力も次第に戻ってきました。

写真:主治医 尾上 祐行 先生と患者さん 芳賀 良一さん

尾上先生は、「症状改善の目安として “握力” が一つの参考になるのですが、当時回復傾向にあった芳賀さんの握力は、皮下注射を始めてから、さらにもう1段階向上したな、という印象を持ちました」と回想します。しかし一方で、芳賀さんの治療は一筋縄ではいかなかったとも語っています。「芳賀さんの治療では、免疫グロブリンの効果が少しでも高まるようにと、ステロイドの点滴も併用していました。しかしそれを毎月のようにやっていたら、眼圧が上がって緑内障の症状が出てしまった。これは私自身、反省すべき点だと思っています。私たちは“効く治療”をしなければならない一方、加減も重要なのだ、ということを感じました」。
芳賀さんは、「その時は目が痛くて目が飛び出した感じで、何がどうなったのかわからなかったですね」と当時を回想しながら、「でも今はもう、普通に生活できる状態ですから大丈夫です。なにしろ体が普通に動くようになった。座ったり立ったりも、普通にできるようになりましたからね…」と語ってくれました。

話し合いながら進めてくれる先生だから安心。

芳賀さんに尾上先生の印象をお尋ねすると、「私の話をちゃんと聞いてくれて、理解してくれて、その上で『ああしましょう、こうしましょう』って提案してくれる先生ですね。話し合いながら進めてくれるので安心です。仮に尾上先生と出会えていなかったら?…今でも這いつくばっているかもしれないですよ…」と答えてくれました。今度は尾上先生に、芳賀さんの印象をお尋ねすると、「芳賀さんは、良くなるということに対して非常に貪欲な方です」との答えでした。尾上先生が皮下注射を薦めた時も、芳賀さんはそれを積極的に受け入れただけでなく、治療道具の取り扱いも事前に練習していたようで、薬剤師さんから「初めてとは思えないくらい、上手にできていましたよ」と伝え聞いたのが印象に残っているといいます。さらに「私にとっては、芳賀さんのような “風通しの良い関係を築ける患者さん”が、一番良い患者さんです。思ったことを何でも言ってくれる。こちらからもいろいろ提案が出来る。そんな関係であれば、お互いやりやすいですよね」。

尾上先生はまた、「患者さんのひと言ひと言に答えがある、と思って診察している」とおっしゃいます。たとえ医者である自分が「良くなった」と思っても、患者さんが「良くなっていない」と思っていたら、それは良くなってはいないのだと。

そんな時は、治療の方針があっていないのか?薬があっていないのか?と考えなければならないと思います。そして『違う検査をしてみたら?』とか『他の先生に意見を求めてみては?』ともう一度考えることが大切だと思います」と語ってくださいました。

そんな時は、治療の方針があっていないのか?薬があっていないのか?と考えなければならないと思います。そして『違う検査をしてみたら?』とか『他の先生に意見を求めてみては?』ともう一度考えることが大切だと思います」と語ってくださいました。
何が起こっても「もうちょっとだけ頑張ってみよう!」という思いを胸に患者さんと向き合う尾上先生と、「私は、治るためだったら何でも言おう!何でもしよう!と思うタイプです」と自らを語る芳賀さん。共に前向きなお二人は、必ずしも良い結果が得られなかった当初の状況にも屈することなく、よく話し合って同じ目標に向かい、諦めずに治療を重ねたことで、芳賀さん自身、「なにしろ体が普通に動く」と言える毎日を手に入れました。それはまた、尾上先生がおっしゃる「風通しの良い医者と患者の関係」がもたらした成果、と言えるかもしれません。

何が起こっても「もうちょっとだけ頑張ってみよう!」という思いを胸に患者さんと向き合う尾上先生と、「私は、治るためだったら何でも言おう!何でもしよう!と思うタイプです」と自らを語る芳賀さん。共に前向きなお二人は、必ずしも良い結果が得られなかった当初の状況にも屈することなく、よく話し合って同じ目標に向かい、諦めずに治療を重ねたことで、芳賀さん自身、「なにしろ体が普通に動く」と言える毎日を手に入れました。それはまた、尾上先生がおっしゃる「風通しの良い医者と患者の関係」がもたらした成果、と言えるかもしれません。

写真:主治医 尾上 祐行 先生

芳賀 良一さんに学ぶ「あなたの治療のヒント」

たとえ完全には治らなくても、私みたいに動けるようにはなると思います。だからとにかくいい先生にたどり着いてしっかり診てもらうことに尽きると思います。普段と違うな、なんかおかしいなと感じたら、まず病院に行くこと。それで、先生とたくさん話していろんな検査をしてもらう。もしその先生が自分とウマが合わないと思ったら、病院を変えるとか、先生を変えることも考えていいのでは?…と私は思っちゃいましたね。そして何より、自分が「治したい!」と思うのだったら、やるべきことは何でもやらなきゃいけない、と思います。

尾上先生からの「ワンポイントアドバイス」

私たちの世界には「後で見る医者ほど、良い医者になれる(後医は名医)」という言葉があります。最初に見る先生は、情報が少ない中でさまざまな病気を想定しなければならない難しい立場にいます。今回の私の場合は、芳賀さんが私の所にたどり着くまでに、多くの病院で、いくつもの検査をされていたので情報がある程度揃っていました。ですからCIDPを思いつくことが出来、初回の末梢神経伝導検査で異常が見つからなくても検査を工夫することで診断できました。前の先生の診察内容や検査などの診療情報は非常に重要なものです。患者さんからすれば難しいことも多いかと思いますが、よその病院にかかるときは診療情報を提供してもらうといいと思います。そうして診断がついてからも、一つの治療だけでなくいろいろな治療を試していけば、きっと良くなります。みなさんぜひ諦めずに頑張っていただきたいと思います。

*紹介した症例は個人の発言に基づく臨床症例を紹介したもので、全ての症例が同様な結果を示すわけではありません。

(取材日:2022年2月14日)